自己開示

2018年10月24日

別々の想い。その出所は一つの同じ体験だった(26th blog in Oct.)


奥魂(おくたま)で生きる人を応援する奥多摩コーチてっつーです。


僕は、コーチである以前から、傾聴、つまり聴くことをとても大切にしてきました。

そこには「誰も聴いてくれる人がいない」という、一種の満たされない氣持ちが、その一端にあります。

今回、そんな僕の氣持ちの根っこになるような感覚の、更に根っこの部分を発見しました。



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【一番古い記憶】

僕の「聴いてくれる人がいない」と感じさせる体験で最も古い記憶は?と問われると、子供の時の母親との会話を思い出されます。

僕は、母親に何かを伝えようとして、母の所へ行き、声を掛けました。

そこは台所。

料理か何かをしていた母は、こちらを振り向くこと無く、「今、話さないで!」と言われたのです。



声のトーンからして、丁度、手が離せない状況だったのだろうと今は分かります。


ともかくも、これが「聴いてくれる人がいない」という感覚の原体験になっています。





【分かち合いたい】

ちょっと話が逸れます。


パートナーちゃんとの関係について、常々、思ったり願ったりしていることがあります。


それは「日常のささやかな体験を分かち合いたい」というものです。


変な形の雲が浮かんでるね。

庭に近所の猫が来たよ。

さっき、ソフトクリームを落としちゃった。

ごはん美味しいね/不味いね。


そんなような、言ってみれば他愛もないような会話です。


そんなことを分かち合うことが、幸せだなって思っています。

(現状、遠距離になっているじゃないか、ということは、ここのテーマから離れてしまうので置いておきます。笑)





【二つが一つ】

今回、氣付きを得たのは、この二つ。

「記憶」と「願い」が繋がったということです。


最初の母とのやり取りの記憶に戻ってみましょう。

その場面、僕は、母に何を伝えに行ったのでしょうか?


恐らく、他愛のないことだったのではないかと、今回、思い至ったのです。


他愛のない話題って、重要度も低いし、話題として賞味期限も短い。


だから、僕は母の所に急いで行って、結果、タイミングが悪かったので、先ほど書いたような体験に繋がりました。





【一つの体験から二つの想い】

つまり、この一つの体験を通じて、僕は二つの想いを抱くようになったのです。

一つは、話を聴いてほしい。

もう一つは、他愛のないことを分かち合いたい。


冒頭に、「根っこの更に奥の根っこ」という風に書きましたが、それは、何か話しをしたいという僕が、聴いてくれないという体験をする前にいた、ということを言いたかったのです。




【最後に】

「聴いてもらえない」という体験は、その裏に「話したかった」という体験でもあった、ということについて書きました。

母親とできなかったことを、パートナーとの関係の中に求める。

言葉にすると、ちょっと乾いた感じがしちゃいますが、何か僕の中で豊かな大地が戻ってきたような感触を得ています。

想いの方向も、特に変わらないから面白いです。


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2018年10月14日

てっつーが奥多摩に移住してきた目的の一つが明確になった(16th blog in Oct.)


奥魂(おくたま)で生きる人を応援する奥多摩コーチてっつーです。


僕が奥多摩に移り住んだ理由。

それは我が事ながら、謎に包まれているところがあります。

何で、これほど僕が奥多摩に惹かれるのか。
どんな意図があり、どんな未来が待ち受けているのか。

そんな中、それらの一つが、ここにきて明確になってきました。

一言で表すと「サナギになる為」です。



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【リセットと再構築】

あの、丈夫な殻に覆われたサナギ。

あの中って、どうなっているのでしょう?

ご存知の方も多いと思いますが、幼虫だったころの細胞を分解しています。
成虫となるために、様々な組織を再構成させることをしているわけです。

(今回、調べて分かったのは、ドロドロの液体になっているというのは都市伝説のようです。)


要は、それまでの幼虫という在り方をリセットして、新たに再構築しているわけです。



今回、明確になってきたのは、僕自身が、このリセットと再構築ための期間を設けるためだったということです。

それを一言で表現すると「サナギ」ということでした。





【短期間で変わった】

僕は、今からほぼ2年前にコーチになることを決意しました。


そこからは怒涛の勢いでした。

それまでの自分の生き方から考えると急展開です。

まるで、引き絞って、引き絞って、ギリギリまで張った弓を放ったかのようでした。


半年後には、コーチとしてのトレーニング中にもかかわらずプロのコーチとして活動を開始。

ほぼ時を同じくして、このブログも開設。

昨年の4月です。


同じ年の9月には、コーチ仲間と主催した奥多摩のプチリトリートを初企画。


以来、小さいながらもイベントを重ね、今年の初夏には「コーチのためのフリースクール」として、一つの結実を見ました。


そして、7月には1年前から引っ越しを意識し始め、行き着いた奥多摩への移住を決行。


今は移住して、ちょうど3ヶ月程になります。


それまでの、言わば「うだつの上がらない」サラリーマンという在り方から一氣に変わっています。





【リセットする環境を探していた】

短期間であったが故に、デメリットもありました。


新たに得たコーチという在り方を育んでいく間に身に付いた(そして自分にとっても心地良い)新しい価値観たち。

その一方で、それまでの古い価値観や生き方も強く残ってしまっているのを感じていました。


残っているというより、イメージとしてはぐちゃぐちゃに混在している感じになりました。

カオス状態。


そのせいか、思いがけないタイミングで、古い価値観が強く顔を出して、我ながらにして困惑させられる。


「この状態を、何とかせねば」


だから、奥多摩に移住してきたのは、それを整理・リセットすることに集中するためなのです。


それまで住んでいた国立も比較的郊外に立地しています。

それでも、それなりに人の多いエリア。

悪いことではありませんが、リセットという目的の為には、それでもノイズが多過ぎる感じでした。僕にとっては。





【理想的な環境を得た】

その意味で、奥多摩への移住は大成功しています。

特に、この家のある川井は、青梅線沿線でも特に人家が少ないエリア。


実際に住み始める前は、こんな所に住むのかと思うと、先行き不安なところもありましたが、リセットするという目的のためには、これ程、叶った場所は無かったと思います。

都心とのアクセスも、ある程度は残しておきたかったのですが、そのギリギリのバランスも保たれています。





【最後に】

僕が奥多摩に移住した目的の一つが明確になったということについて書きました。

それは「リセット」と「再構築」でした。

サナギ故に、外側で起きる変化が小さくて、もどかしい感じもしますが、内側の変化は大きいです。

はてさて、どんな姿の成虫になるのでしょうね。


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2018年10月05日

中途半端な滞在になってしまった/沖縄旅行の記録(5th blog in Oct.)


奥魂(おくたま)で生きる人を応援する奥多摩コーチてっつーです。


書き続けている沖縄旅の記録。

今回は、旅を通じて感じたことを徒然と。



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【台風の合間を縫って】

今回は、10月1日~3日までの2泊3日。

あの猛威を振るった台風24号と、その直後に発生して、24号とほぼ同じコースを辿っている25号が再び沖縄を直撃する狭間を縫うようなスケジュールになった。


当初は9月28日辺りから行こうと思っていたのがズレ込んでの日程。

当初の通りで進めていたら、台風の直撃を食らっていただろう。

見事なまでに台風を避けた。ラッキーだった。


現地の氣候も、暑すぎず寒すぎず。

裏を返せば、沖縄らしい氣候は味わえなかったともいえるけど。





【移動は一苦労】

とは言え、移動は大変だった。

特に行きの移動が。


前夜に台風が通過していったタイミング。

飛行機は飛ぶというのだが、JRが設備点検するということで、ほぼ全線が停まるという前代未聞の事態が起きていた。


ただ、地元の青梅線は比較的早く復旧。

いつもは台風の影響でスグに止まるのに、皮肉なものだった。

でも、僕にとっては、何よりも有り難かった。


私鉄も基本的に動いている。

乗り継ぎに私鉄を使えば何とか空港まで行けそうだ。

ただ、何があるか分からないので、家を出るのを2時間近く繰り上げ、朝の7時過ぎに家を出た。

幸い、大した混乱にも巻き込まれず、想定よりもスムーズに空港まで移動できた。



宿に着いたのは21時頃になったので、何だかんだで12時間以上移動していたことになる。

飛行機に間に合わないよりは、ずっとマシだけどね。





【沖縄の第一歩で感じたのは】

初めての沖縄だが、着いて最初に感じたのは、緩い!

東京の感覚だと「緊張感が無い」と言われそうな感じ。

その温度感に南国の雰囲氣を感じた。


もはや外国にいるみたい。

でも、目の前を走っている車は、ほぼ100%日本車だから、ここは日本だ、なんて。

体が感じていることと思考がチグハグになって不思議な感じだった。


そうそう、飛行機を降りた時、頭上を戦闘機が爆音を上げて飛んでいた。

これが沖縄か。





【感じたお金事情】

沖縄は賃金が低いことは東京にいても耳にする。

実際、ある食堂で目にしたアルバイト募集のチラシ。

時給750円!


それに対して物価は決して低いとは言えない。

カフェに行っても東京のカフェと同じくらいだし、スーパーの値段も、そう。

特に本土から仕入れているものは、運賃が上乗せされている感じすらした。


そういえば、スーパーで思い出したけど、コンビニが軒並み品薄でした。

台風24号の影響で、物流が止まっているのだとか。


停電の影響も残っていて、郊外では動いていない信号なんかもあったりして。





【パートナーちゃんと】

今回の最大の目的は、もちろんパートナーちゃんに会いに行くこと。

でも、残念ながら、これは消化不良に終わった。


今回、僕が一番やりたかったのは、2ヶ月半ぶりに顔を合わせているので、じっくりと対話をすることだった。

でも、そのことが僕の中で不明確だったことが消化不良の一番の原因。



パートナーちゃんは、沖縄に来たけど観光らしい観光ができていないから、色々と巡りたいと。

彼女は個性認識学では「勇(ゆう)」タイプ。

やりたいことをピックアップして、それを可能な限りこなすことに喜びを見出す傾向がある。

目標を立て、そっちに向かって突っ走るのが喜びなのだ。


それに対して「親(しん)」タイプの僕は、一つひとつを丁寧に味わうことに喜びを見出すタイプ。

言い換えれば、行動量が多いのは苦手。


でも、彼女が喜ぶならと、自分の目的や喜びを横に置いてしまった

これも、「親」らしい反応とも言えるかもしれないけれど。


結果、僕は、その行動量に疲れ(沖縄までの移動も大変だったしね。)、いざ対話ができる状況になったら、対話する元氣がもう無いという。。。

(年齢的な違いもありますが。。。)



反省としては、僕の考えを準備しておいて、ちゃんとそのことを「まな板の上に乗せる」ことをするべきだったなと。

その上で、結果として同じことをしたとしても、違った未来が待っていたなと思うわけで。



 

【最後に】

沖縄旅で感じたことを徒然と書いてみました。

正直、消化不良で悶々としている。

敢えて短めで予定を組んだけど、思っていた以上に中途半端になってしまったのを感じてます。

沖縄から帰ってすぐに書いておきたい内容だったけど、手が付けられなかったのは、悶々としている自分に氣付けなかったから。

書きながら、自分で自分のことを氣が塞いでいるなぁと思いながら書いていました。あは。


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2018年09月30日

「後悔したくない」~いつの間にか無駄に頑張ってしまう自分を作っている言葉に氣が付いた(32nd blog in Sep)


奥魂(おくたま)で生きる人を応援する奥多摩コーチてっつーです。


このところの意識していたテーマが「頑張らない」でした。

その点について、大きな発見がありました。

発見と言っても、とても個人的な発見ですけどね。



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【「頑張らない」に込めた意味】 

「頑張らない」

人によっては語弊のある表現かもしれません。

確かに、デメリットもあります。


ただ、僕みたいなタイプは、気持ちや行動にメリハリをつけるのが苦手で、いつもどこかに力が入っている。力を抜くのが苦手。

最近、少しずつ勉強している「個性認識学」の知恵もあってのこと。

まぁ、メリハリをつけたり、余計な力が入っているところを緩ませるというか。

それを一言で「頑張らない」という表現にしていました。




【「後悔したくない」という心の声】

どんなことでもそうですが、氣が付く時というのは一瞬ですね。

唐突に、僕の心の中で「後で後悔したくない」という会話が常に鳴っていることに気が付きました。


「力を抜くと、後で後悔することになりかねないぞ」と。



その声(言葉)が、僕に力を抜くのを拒んできたです。

だから、いつの間にか、「ずっと頑張って」しまう。

力を抜いたりといったメリハリが付けられないのです。


今、思い返せば、そんな会話は、ずっと鳴り響いていました。

でも、全くそれに違和感を感じなかったのです。

眼鏡をかけているのに、「眼鏡、メガネ」と探している時のように無自覚でした。


この氣付きは、言ってみれば「実はメガネをかけていたということを自覚した」という状況です。


心は、ある意味ではは言葉でできていると言えます。

そんな言葉を一つひとつ剥がしていくことが、自分らしく生きる上では大切になります。

(剥がさないという選択もOKなんですけどね。)





【身体感覚としての「頑張らない」】

「後悔したくない」という氣付きに並行して、身体感覚にも変化が起きていました。


僕には左半身がスカスカだっていう身体感覚があります。

この感覚は、相当前から持っています。

恐らく20代の頃からは既に感じていました。


血が巡っていないというか、重さが右と左で全然違う感じがするのです。

当然、左のほうが軽い。


この感覚は、誰にでもあるわけではないかもしれませんが。


その感覚があるせいで、無意識的に「右半身で体を支えなくちゃ」という意思が働いて、右半身に力が入っていました。

それと関係があるか分かりませんが、いつも右肩のほうが高くなっているのです。


ここにも「頑張り」があったのです。


9月の中頃に、ある体験が重なり、左半身に力が入ってくる感覚を覚え始めました。

(思えば、ずっと願っていた状況です。)


お陰で、右半身の「頑張り」は手放そう、と感じ始めることができています。

「右半身に力を入れなくても、体を支えられそうだ」

そんな安心感を覚え始めたのです。


それに伴って、右肩が下がり始めているようです。





【個性認識学の体験会をやります】

先ほど、チラッと書いた個性認識学。

これを知ると、人とのコミュニケーションも、今回書いたような自分とのコミュニケーションにおいても楽になります。


10/27の午後、そんな個性認識学の入門編的講座を仲間と一緒に都内で開催します。


・身近な関係故に生じる軋轢が和らぐ。
・打ち解けるまでに時間がかかるタイプとも打ち解けやすくなる。
・人の意見に振り回されにくくなる。


僕もまだ基本のキしか学んでいませんが、以上のような効果を実感しています。

また、講師としてご登壇いただく高井 信二さんは、この個性認識学への愛に溢れている方。

そのユーモアを交えた語り口は、いくら聞いていても飽きません♪


体験会と銘打ってますが、意味合いとしては「体感として、個性認識学のタイプ分けを味わってもらう体験」をする会です。

できれば、大切な方やお友達と一緒に、気楽にお越しになってください!


こんな方に特にオススメです。

・対人支援など、人と向き合うお仕事の方
・大切な人ともっと豊かな関係を築きたい方
・SpiCAの活動に興味がある方
・何故か、その日はポッカリ予定が空いている方


講座の申し込みページ(Facebook)はコチラです。





【最後に】

いつの間にか頑張ってしまう自分を感じていたら、その根っこにある「言葉」に氣が付いたということについて書きました。

こういったことをブログに書くのは久し振りでした。

有り難いことに、こういったことを書く必要が無くなってきていたのだと感じています。

ある意味で、心は言葉でできているところがあります。
そんな言葉たちを一つひとつ外していくと、楽に生きられるようになります。


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2018年09月21日

歯を矯正。10代前半のぼくは、よくがんばりました/ぼくのストーリー#11 中学生編その2(23rd blog in Sep)


奥魂(おくたま)で生きる人を応援する奥多摩コーチてっつーです。


忘れた頃にやって来る「ぼくのストーリー」シリーズです。

再び、中学生編に戻ってきました。




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【歯並びの矯正の中学時代】

中学生になって、僕は歯の矯正を始めます。

出っ歯だったからです。


恥ずかしい話ですが、子供の時の指しゃぶりが、なかなか抜けず、そのせいで歯並びが悪くなっていました。


通ったのは隣駅の近くにある根津矯正歯科。

院長さんは、あるタレントさんのご兄弟で、一度だけ、そのタレントさんがクリニックに遊びに来たところに居合わせたこともあります。


今でも、まだ続いていらっしゃるようですね。


そうそう、指しゃぶりのほうは、矯正のプロセスが始まったら、何故かピタッと止まりました。





【嫌だった抜歯】

初めて行くときのことです。

母親に「歯を抜くのだけは嫌だからね」と繰り返し繰り返し念を押しながら、クリニックの扉をくぐりました。

最初の問診の時も、そのことを先生にも伝えました。


でも、結局、歯は抜くことになります。


僕の場合は特に出っ歯の矯正でしたから、歯の位置を内側にずらすかたちになるのですが 、全ての歯を収める顎のスペースが残念ながら十分になかったんです。


ま、その頃には僕も観念していて。

自分でも意外とアッサリと抜歯を受け入れました。


先生が上手だったのか、抜いた時も、その後も、特に痛みに悩まされることは無く澄んだのが幸いでした。





【矯正中の思い出】

矯正中は、歯を、ずっと押しているような状態。

定期的にクリニックに行くと、針金を閉めますから、その後数日が、ずっとジンジンと痛い。


そんな日々が2~3年続いていました。


一番覚えているのは、実は卒業写真の撮影の時です。


カメラマンから、「(矯正の装置が付いているから)歯を見せないように笑ってね~」って言われて、ちょっとだけ複雑な氣持ちになったのを覚えています。

顔は笑っているけど、心のほうは何となく笑える氣分じゃない。

そんな内と外のギャップを感じながらの撮影でした。




【最後に】

「僕のストーリー」中学生編。
歯の矯正の体験についてでした。

実は、この「顎が小さい」ということが、僕の仕草や喋り方などに影響を与えてきていることに、最近、思い至っています。

それについては、また機会があれば、言語化してみたいと思います。


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